2025 ELMS R2 Le Castellet
天候を読み切るのに困難を強いられ、木村は雨の中スリックタイヤで走行。無事完走しシリーズランキング4位に留まる。

5月4日
ポール・リカール・サーキット
フランス・ル・キャステレ
Kessel Racing #57 Ferrari 296 LMGT3
Takeshi Kimura / Ben Tuck / James Calado
Qualifying (Le Castellet) – 11th (2:06.654)
Race (Le Castellet) – 9th (+2 points)
Drivers Championship – 4th (20 points)
Teams Championship – 4th (20 points)
KIMURA’S COMMENT
「ウェットからドライ、ドライからウェットという苦しいコンディションの中クルマをぶつけないでル・マンに繋げたのが一番の成果です。」
JAMES CALADO’S COMMENT
「とても難しいレースでした。天候が読みにくく、特に木村さんはタフなレースをこなしてくれました。簡単ではない雨の中スリックタイヤでよくコースに留まってくれました。木村さんは持てる力の100%以上のドライビングを行い、印象的なラップタイムを刻んでくれました。不運なのは(スリックタイヤでスタートした後に雨脚が強まった)タイヤ選択でした。チームのタイヤチョイスと状況が噛み合わなかったのでした。その中でも長いシリーズの戦いを考えると今日のレースで9番手まで戻り、2ポイント獲得できたのは幸運でした。」
BEN TUCK’S COMMENT
「難しいレースでした。自分のスティントでもっと順位を上げられたらと思っています。(木村の)ピットストップの時のタイヤ戦略の判断が残念ながら私達に有利な方向に働きませんでした。それがなければ(木村のペースなら)ラップタイムでリードを取れたでしょう。おそらくそうなればトップ5を狙えたはずです。今回の事は次回に向けての学びとなるでしょう。(次戦の)イモラには自信があります。僕たちは更に良い走りができる様になるでしょう。」
RACE REPORT
ELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)。全6戦で争われるこのシリーズ。年間チャンピオンには翌年のル・マン 24時間への参戦権が与えられる。
ル・マン 24時間へ参加するにはWECへのエントリーのほか、ELMSやALMS(アジアン・ル・マン・シリーズ)、IMSAなどのシリーズを勝ち上がるか、主催者であるACO(フランス自動車連盟)に実力を認められたチームに与えられる招待枠で参加する他ない。
F1モナコ、インディ500と並んで世界三大レースに数えられるル・マン 24時間は世界中のドライバーが憧れるレースである。ブロンズドライバーとプロドライバー2名の組み合わせで争われるこの舞台は唯一アマチュアのブロンズドライバーが出られるレースである。文字通り世界一速いドライバー、チーム、そしてマニュファクチャラーを決めるレースなのだ。
その参戦権をかけたヨーロッパシリーズであるELMS。第二戦のル・カステッレ(フランス)戦の模様を現地からのレポートでお届けする。
シリーズ年間で木村と共にする予定のプラチナドライバー、ダニエル・セラは地元ブラジルでのストック・カー・プロ・シリーズのレースに出場する為に欠場。代わりにフェラーリのスタードライバーであるジェームス・カラドを起用した。ジェームス・カラドはGTクラスからフェラーリで出場し、 2019年、2021年のル・マン 24時間の優勝を2度経験したドライバーだ。木村がALMS(アジアン・ル・マン・シリーズ)に初挑戦し、デビュー戦にして4連勝を飾った際にコンビを組んだドライバーでもある。ジェームス・カラド以外にもダニエル・セラが欠場すると聞きつけたドライバーから「木村さんと走りたい」というオファーがいくつもあったが、最終的にジェームス・カラドを起用した。ジェームス・カラドはブロンズやジェントルマンドライバーと組む事は無いドライバーとして知られている。そのジェームス・カラドが2015年以来、実に10年ぶりにELMSに参戦するとあって欧州のメディアでも話題になった。
一方の木村も出走前に行われるサイン会でも前戦のスペイン戦以上に、現地の熱烈なファンに写真やサインを求められる。それもそのはず、ル・マン 24時間に2019年から出場する木村はフランスのレースファンの中では、もはやフェラーリのジェントルマンドライバーの中でもスタードライバーの位置付けだ。日本から随行したスタッフが地元のスーパーでチームウェアを着たまま買い物をしていると地元ファンから声をかけられるほどに認知されている。
木村が参戦するELMSは格式が高い。エントリーしたくてもなかなかその権利を与えられない事で知られている。GT3クラスで参戦できるのはたった13チームのみだ。
収益不動産の株式会社ルーフの創業者であり、今も最前線で指揮をとる木村。サーキットへ来ても走行時間以外は常に日本とビジネスの連絡を絶えず行っている。
それだけでも常人を超えているスケジュールであるが、今回は更に同日、同会場で行われている別カテゴリーのリジェカップに急遽助っ人として参戦する事になった。木村が行っているジェントルマンドライバープログラムでスポンサーを務める16号車ペガサス・レーシングの田中選手がビジネスの都合でレースに出られない事となり、木村がその代役を務める事になった。しかも同週末には日本で総監督を務めるCARGUYのSUPER GTの富士戦がある。ビジネスに加えて3つのレース…つまり4つの事をこなしながら週末を迎える事になる。
これにはケッセルのスタッフやドライバー、更には他のチームのドライバーからも「木村さんがリジェも出るって聞いたけど本当?そんな事が出来るのはスーパーマンしかいないけど何かの間違いで伝わってきてるよね?」と聞かれたが、事実である。
さて、今大会では前回のスペイン戦で2位だった為、サクセスウェイト(勝者に与えられるハンディキャップとして重量を追加する)の20kg、BOP(性能調整)で5kgの重量が増加している。これはレーシングカーにとってかなり大きいハンデだ。
初日は2回のテスト走行がある。今年は昨年と異なるコースマップになっており、1.8kmあったストレートには途中、シケインが追加された。F1コースと同じレイアウトだ。1回目のセッションではジェームス・カラドが走行を担当。オーバーステアを訴えており「クルマがおかしい」との報告があった。すぐさまエンジニアチームが確認。リアのセッティングを変更した。その後に臨んだ2回目のセッションではクルマは劇的に改善。しかし前戦から25kgも増えている為、ストレートでの伸びが十分に得られない。週末に向けてクルマのセッティングを見直していく事になった。初日を終え、木村からは「初日のタイムとしては悪くない。ターン10の走らせ方は前回のスペイン戦で掴んだコーナーの走り方を活かせる。」と悪くない手応えを得て終了した。
翌日の金曜からはELMSに加えてリジェのフリー走行(以下FP)や予選がスケジュールに追加される。当日の木村のスケジュールは以下の通りだ。
9:00-9:40(40分) リジェ FP1
11:00-12:30(90分) ELMS FP1
13:30-14:10(40分) リジェ FP2
15:00-15:30(30分) ELMS ブロンズテスト
15:40-15:55(15分) リジェ予選1
16:00-16:15(15分) リジェ予選2
異なるマシンを交互に乗っていく。走行準備もある為、走行後は休む間も無くマシンに文字通り「飛び乗っていく」スケジュールだ。
そんな中でも元々得意とするサーキットだけあってFP1では5番手のタイムを記録。続くブロンズテストでは全セクターでそれまでのベストタイムを更新する2:06.972を叩き出した。それまで黙ってオンボード映像を見ていたジェームス・カラド、ベン・タックからも肝となるコーナーで木村が上手くマシンを「転がす」事ができる度に「Yes…Nice…Good!」と思わず言葉が漏れていた。
いよいよ予選の土曜日を迎える。と同時に土曜はリジェの決勝日だ。因みに前日のリジェFP1では初めて乗ったにも関わらずジェントルマンドライバーのトップタイムを出しており、関係者を大いに驚かせる事になった。
土曜日のスケジュールは昨日より更に過密だ。
9:00-10:00(60分) リジェ レース1
10:10-11:40(90分) ELMS FP2
13:05-14:05(60分) リジェ レース2
14:20-14:35(15分) ELMS予選
リジェの後のELMS走行までは10分から15分。リジェではクラス2位と1位を獲得したが表彰台に乗る間もなくELMSの走行をこなしていく。
15分間の予選では体への負担がピークに達している。それでもチームの為に、と最後の力を振り絞ってピットレーンを出ていく。
アウトラップ、ウォームアップ走行を終えるとエンジニア用のモニターではリアタイヤに熱が入り、アタックラップに入れる表示になった。しかしリジェとフェラーリ296LMGT3では当然マシン性能も異なる。アタックラップのターン2でトラックリミットを犯してしまう。そうなるとそのラップは参考タイムとして計測はされるが、正式なタイムとは数えられない。
翌周、ポール・リカール・サーキット名物のランオフエリアの鮮やかなブルーと赤のライン。その間を縫う様にサーキットのアスファルトが南仏の太陽を浴びて黒く光る。背景には美しい緑があり、その中を木村が乗る鮮やかなイエローカラーのマシンが駆け抜けていく。木村は集中してタイムを絞り出す。2:06.806。そしてその翌周のセクター1ではその週末最速のラップタイム、33.263を絞り出すもターン10でトラックリミットでタイム抹消。気を取り直して迎えた翌周でもセクター1で33.234と更にタイムを縮めていく。しかしこの周でもトラックリミットを取られてしまう。3周目に記録した2:06.806が正式結果となり、翌日のグリッドは11番手スタートで決定した。これは車体の小さいリジェに乗った直後に車体の大きいGT3車両に乗ったのが裏目に出てしまった。トラックリミットにならないであろうラインを走っていたが、車幅が小さいリジェの感覚を残して車幅の広いGT3に乗った影響で、実際にははみ出してしまっていたのだ。
RACE
レース当日は朝から雨が降っていた。ポール・リカール・サーキットのロケーションは美しい。ここは山の頂上に作られたサーキットである。遮るものは何もなく、村に下っていく道では地中海まで見渡す事のできる展望が広がっている。予報ではグリッドウォークが始まる11:00頃から晴れる模様。そしてその通り晴れとなった。グリッド上では数多くのファンが詰めかけ、ル・マン 24時間のドライバーである木村に地元ファンは一緒に写真を撮ってほしいと声を掛けてくる。撮影しては次のファン…撮影しては次のファン…とファンサービスをしている一方、木村はタイヤチョイスをどうするのかエンジニアと意見交換をしていた。どのチームもこの後の天候の動向に注目している。グリッド上に並んだマシンはチームによってウェットタイヤとスリックタイヤに選択が分かれている。各チーム他のチームのタイヤをチェックしに右往左往している。11:45までにスタートタイヤを選択して12:00のレーススタートに備える必要があるからだ。木村達はグリッドに並べる時点では他の多くのチーム同様、ウェットタイヤを選択していた。コース上の水たまりをチェックしてウェットが良いと思うものの、太陽が高く上り、路面が乾いていく。11:30にはグリッドウォークが終わり、コース上にはメカニックとドライバー、エンジニアが残るのみとなる。常にレーダーを確認してタイヤチョイスをどうするのか直前まで無線が慌ただしく飛び交う。レーダーでは雨雲は確認できない。ここでチームはウェットタイヤからスリックタイヤに変えると決断した。
LMGT3クラスで唯一ウェットを選択したのは2番手の55号車フェラーリのみ。他の全車両がスリックを選択した。この時点では奇妙な戦略と捉えられていた。しかしこれが命運を分ける事となる。
木村は11番手からスタート。ところが弱い雨が降り始める。スタート前のフォーメーションラップではスリックタイヤで出た車両が濡れた路面でコースアウトしてしまう場面もあった。
混乱が予想される中、グリーンフラッグが振られる。木村はスタートで85号車ポルシェと86号車フェラーリの2台をパスして9番手までポジションを上げた。いつもなら拍手で沸くピットもこの後の天候とレースの行方を思って全員が黙ってモニターを注視している。ホームストレートを通過するマシンの空気を切り裂く音だけがピットガレージの中に響いている。
しかし開始から6分でLMP2がクラッシュしたパーツが13コーナーから14コーナーにかけて散乱してセーフティーカーが導入される。そしてスタートから19分、強くなる雨脚に対応する為、55号車、66号車、86号車がピットに入ってくる。ウェットタイヤに変更する為だ。しかしこの時点ではまだこの後の天候がどうなるかはっきりとは見えていない。その後、後を追う様にして各車続々とピットレーンへ飛び込んでくる。木村のケッセルレーシングはコース上に残る事を選択。ストレートラインを通過するLMP2マシンのリアから上がる水飛沫の量が多くなっていく。木村はピットインをしない事で一時的に4番手までポジションを上げた。
木村にとって我慢の走りが続く。雨に濡れた路面をスリックタイヤで走るのはアイススケートをやっているのと同じだ。ウェットタイヤに変えた他車がコーナーで抜きにかかる。この時に他車に接触させない様にコースに留まるのには相当な技術が要る。事実、他のドライバーはスリックでコースに留まれずにタイヤを交換しているのである。
スタートから29分。6番手を走行していた木村にようやくピットインの指示が出る。ここまで引っ張ったのはブロンズドライバーの最低乗車時間が1時間30分だからだ。GT3マシンは燃費やBOPから計算すると1時間は走れる様になっている。つまり木村はこのピットインの後、1時間走り続ければ次のピットインでプロにバトンを託せる。しかし30分未満で早めに入った他のチームはもう一度給油の為のピットインを強いられる=タイムロスをする事になるのだ。ピットから出た際には13番手まで後退してしまうが、ここからまた我慢のレースが始まった。スタートから45分が経過し、60号車ポルシェがピットイン。47分が経過して木村と同じく第一スティントをスリックで走り続けていた65号車ポルシェもピットインした。
開始から52分。LMP2クラスの37号車がコースアウトしてクラッシュ。セーフティーカーが導入される。5周後にレース再開もここで85号車ポルシェに抜かれて12番手に後退。そこから更に6周後、60号車にもパスされて13番手に後退。更に3周後には同じケッセルから出走している74号車フェラーリがLMP2クラスのマシンに当てられてしまい、タイヤバリアに接触。この散乱したパーツを回収する為にFCYが掲示された。その後66号車フェラーリを追い抜き、11番手にアップ。そして木村は23号車マクラーレンをパスしてポイント圏内である10番手まで食い込んできた。開始から1時間48分。ウェットタイヤで唯一スタートをしてトップを独走する55号車フェラーリと同一周回にする為、チームは引き続き木村を走行させていた。しかしFCYのタイミングで各チーム、プロドライバーにバトンを託し始めており、プロとの差が広がっていく。ピット内ではドライバー交代すべきという意見ともう一度FCYが入る事の可能性を模索する意見とで意見が分かれている。そしてこれ以上は判断を先送りに出来ないとして、木村にピットイン指示がようやく出された。シルバードライバーのベン・タックにステアリングを託した。
戻ってきた木村をガレージにいた誰もが拍手で迎える。ケッセルのオーナーであるロニー・ケッセル氏も「この難しいコンディションの中でよくスピン、接触なくマシンを完璧な状態で戻せましたね!」と笑顔で迎えた。それは誰もが思っていた事で、緊迫と静寂に包まれていたピットに笑顔と拍手の音が溢れかえった。
木村からバトンを託されたベン・タックはコース上で最も速いタイムを叩き出し、驚異的なスピードで前のマシンに迫っていく。8番手以降は周回遅れを喫している為、何とか同一周回まで戻そうと懸命な走りを見せる。そして9番手まで順位を上げ、残り54分でフェラーリのスタードライバー、ジェームス・カラドに最終走者としてマシンが渡される。ピットインのタイミングで60号車ポルシェに抜かれてしまうが、フェラーリのファクトリードライバーだけあって安定しつつもラップダウン回避に向けて驚異的なペースでポール・リカール・サーキットを右に左に縦横無尽に駆け抜けていく。残り3分の所で82号車コルベットがマシントラブルなのかピットに入ってしまう。長く、混乱の続くレースもついに終わりを迎え、9番手に復帰してチェッカーを受けた。
今回のル・カステッレ戦では9番手で2ポイントを獲得し、シリーズランキングは2位から4位となった。昨年はこの時点で0ポイントだった事を考えると現時点で20ポイントあるのは今後の展開に期待ができる。
しかし同時に8番手までが19ポイント以上を獲得しており、混戦状態が始まった。ル・マン 24時間を賭けた争いは熾烈さを極める中、木村はELMSとしては次戦、7月のイモラ(イタリア)戦へと向かっていく。全6戦の3戦目、折り返しとなるこの闘いからも目が離せない。
また、木村としては2019年以来7度目の挑戦となるル・マン 24時間のレースが6月14日(土)から15日(日)にかけて行われる。昨年はレクサスから参戦していたが、今年は主催者であるACOよりケッセル・レーシングのフェラーリとして招待枠を受けて参戦する事が決定している。あえて言うなれば、名誉ある参戦である。皆様には是非こちらにも注目してもらいたい。
2024-2025 ELMS RACE CALENDAR
























